昭和四十六年三月四日 


 御理解第四十七節
「祈れ、薬れにすればおかげも早いが、薬れ祈れにするからおかげにならぬ。」


 これは非常に難しいご理解ですね。祈れ薬れにすればおかげが早いがと、薬れ祈れにすればおかげにならんと。おかげにならんと断定して居られる。この辺のところが大変難しいと思いますよね。
 それは神様のお願いしなくても祈れる。で、祈ることをしなくても薬が良く効いた。お医者さんにかかって全快のおかげを頂いて退院のおかげを頂けたと、と云うここではおかげではないのですよね。 そういう意味もありましょうけれども、、おかげにならんと仰るのは事実おかげを受けて病気が治って病院から帰ってきて、又は買い薬は買い薬で良くなったと云う様な意味もあるから、ここで云っておられるおかげとは、そういう意味じゃないと思います。
 例えば、病気なら病気を通して分からせて頂くと云うか、病気なら病気を通して、自分の行き方が本当にならせて頂くと云う、そういうおかげなのです。でないと、ここの御理解はそんな事はないと反発したい様な感じでしょう。
 それは神様にお願いせんでも、祈らなくても、んなら信心の無い者はどうするか。神様のカの字を云わんでも、やはり病院で良くなったり医者で良くなったり、帰ってきたり全快したりしとるじゃないか。そういう事になりますよね。けれども病気をその難儀と云うことが難儀から開放されると云う難儀でなくて、病気が全快すると云うおかげでなくて、その病気を通して分からせて下さろうとする神様の御神慮と云うものをその病気に依って、祈ることに依るおかげを受けると云うこと。
 その事に依って新たな信心が出来て、新たな自分の行き方が変わって來ると、そういうおかげにならんと、それはなりませんよね。只おかげで良くなって帰って来ましたと云うだけに過ぎない。
 そこんところを根底にして、ここんとこの御理解を頂かねばならんと思います。そこでそんなら、祈れ薬れにすればおかげも早いと仰るところを頂かにゃならんと思いますね。薬れ祈れにする。
 だから、これは薬れ祈れとこう続けて云うておられますけど、薬れ祈れの中には時間が有る。なからなければならないこと。例えば、薬を飲むにしてもお神様にお願いをしてから、お三宝に薬を上げといて、神様にこれを頂きますから成程、これは祈れ薬れそういう事を祈れ薬れである。
 どうも胃が痛みますから、胃の薬を飲みますからどうぞ宜しくお願いしますと、買いに行くときにも飲ませて頂くときにも神様のお願いして、それこそ三宝にお供えさせて頂いて、この薬を一服とても神様のお恵のものとして頂きますと云うことも、やはり祈れ薬れですけども、ここで云うのは最後に申しますところの祈れ薬れと云うことはおかげがおかげにならんと云うておられる。そのおかげを頂くためには、その様に簡単な祈れ薬れではいけない。
 祈った上に祈って祈って祈り抜かせて頂いて、そこからいわば神様の御都合お働きと云うものが有って、そして薬れに入って行かなけりゃならん。
 先日、佐田さんとこでおかげを頂かれた滝本さんが本当にどうにも出来ん。手が付けられん程し悪くなった事があった。それであちらのお父さんが見えられて、佐田さんのお家に大変迷惑を掛けて相済みませんと、だからこういう風に困ったことになってきたのですから、私共それかと云って信心を止めりゃしません。それでどうでしょうか、医者にかけたらと云う相談があった。その相談の中にね、教会のお坊っちゃんですから病院に行かれたんですからと云われた。幹三郎のこと。教会のお坊っちゃんですら病院に行って手術をなさったり医者に掛かられたのですから、まして凡夫の私共が医者に掛かって信心することは悪いことじゃないと思うと。だから、どうでしょうか。そげんお願いして下さらんかと云ってお話があった。まあ、その事に対して私は言い訳をしようとか、話をしようとか思いませんでした。
 例えば、幹三郎の場合は一年何ヵ月と云う祈れ薬れの、いや祈れと云うところの時間が置いて有ったのです。これは皆さんにもよう分かっといて頂かなければならんことはね、実を云うたら、病院に行かなくてもおかげは頂けたんですよ。けれども、医者に掛かった方が一番最後におかげにならんと仰る。医者に掛かった方がおかげになる訳です。
 だからそれまでの神様の働きと云うものをよく思うてみると、このことに対しては一分一厘のすきもなかったかと思える位確実な祈れ薬れが有ったと云うことです。
 あの途中で皆さんよく覚えておられるでしょう。おかげを受ける。例えば、栗がね、ジカジカと云うときには心配とか苦しい時である。けれども、これが熱して少しころメスを当てればパチッと開ける。自分から割れてくる様な、だから富永先生に、富永先生こんなに時季は遅くして仕舞って医者の目から見たらこれまでよう放つておいたもんだと云われましょうけれど、実を云うと富永先生今が一番よい時季ですよと私が申しました。まだ病院に行く前に、と云うのは張り裂けるばかりにこうなって、メスをちょっと当てればパチッとああして中から真っ黒に色づいた栗が取り出されるばかりになって居る。例えば、上下から病菌がおるところに皆集まって仕舞って居ると、こんなに綺麗に手術の出来るのは初めてだったと医者が云われる程しに丁度良い時季だった訳である。手遅れと云うが手遅れではなかった。時節、そこでそれなら私共が、これは私のことですけれども、その事に依ってあの時分のあの信心をさせて頂いた。あの信心とか、境地とか云うものは今の私では分からない位に不可解なものなんです。どうしてあんな状態に時分の心が成れたかと云うことは、それから、ならその事に依って皆さんが日々百五十名からの人達が一心の真を捧げて祈り抜かれましたがね。もうそれこそ、しら真剣でしたよ。お広前を揺るがすような熱の入った御祈念でしたがね。その事を通して、いわゆる皆さんが神様のおかげと云えば、とてもとても了見には及ばんと云う様なものを、あれが病院に行ったからそれが分かったでしょうが。あれがどうでしょう、私の行き方で二年三年、例えば、その案がね、そこまで行っとるとじゃから、栗が割れてころげ落ちる時季が必ずある。出て來る必ず。けれども、それであってはそんな大変な病気であることも分からないし、どういう様な病気でもおかげが頂けると言う確信は、あの間あの間、あら幹三郎ちゃんの頬がいつの間にか減って仕舞うとると云うたおかげだけじゃ、何が何か分からんでしょうが。
 お互いそれはもう、大変なことなんですよね。ここの幹三郎が病院に行ったと云うことは、しかしその間には祈って祈って祈り抜かせて頂いて行くと言うことであった。
 丁度、美登里会の方達がですね、大祭後家中を中心にして何処か慰安旅行をされましたね。何処か一緒に行かれましたでしょう。そして、帰って見えて控えに挨拶に見えた時に、初めて私が幹三郎の病気が容易でないことを発表しました。皆様の御承知の通りです。
 家内もその時初めて知ったんです。それを聞いた時家内は体がやはりガタガタ振るい出すごとあった。実際に自分の子供の病気の真相を聞かせて貰うた時、それは富永先生が診られる以前の事でした。
 学校から旅行には行けない、いや連れて行けないと、これはこの病気は主治医が云うんだと、学校の小野先生がいろんな注意があった。西新先生のところのお父さんが、あれは普通の病気ではない、容易じゃない、とにかくお前達は何しとるかとそういう風な電話が掛かってきた。その日は一日で、そういう事であった。
 学校から電話が掛かって、何回も電話が掛かってきたのもその日であった。
 そこで皆さんに話させて頂いた様に、私の心の中には医者のいの字もなからなければ、病気の病の字もなかった。実際皆さん雰囲気を知っておられるから分かるでしょうが。そしたらそれを真剣に聞かれた野口さんがです、こういう時こそ富永が出る幕じゃなかろうか。富永に相談しましょうかと確かに云われました。そこで私がほんとにとぼけて云うたんじゃないです。何ちゃ、富永先生、どういう意味でお医者様に診て貰うちゃと私は申しました。だから例えば、あれが普通の神経で聞いとったら、親先生があげん云いよんなさるのに、どうして行こうかと云う様な雰囲気だったでしょうが。
 ああそうですか、そんなら一ちょ、富永先生に診て貰いましょうかと云う雰囲気はこれから先もなかったでしょが。
 そして旅行に行かれんならば、私共夫婦でお話をして幹三郎をひょっとするとこれが最後になるかも知れんけど、親子旅行じゃないけれど、御本部参拝しようと云うことになったんですよ。
 丁度、古川さんところで式年祭があるので私共夫婦で行かなけりゃならなかった。で、私が幹三郎に申しましたら、僕も行くよと申しましたので、そういうつもりで親子三人で御本部参拝致しました。
 まあその時福岡の方達がいろいろそれを聞いて、もう本当に幹三郎ちゃんのそういう病気と知らないもんですからね、それが分かったもんですから途端に幹三郎を蔭ながら大事にする訳ですよ。
 だから、この人が食べたことの無い様なもの食べさせてやろうとか、見たことの無いような所に見せに連れて行ってやろうとか云う様な働きになって、あの日は早く福岡に行って大きな支那料理屋で支那料理を頂いたり、まあ色々幹三郎を中心にして街をちょっと見物したり致しました。そして御本部に発ちました。
 そして帰りは旅行片手ですから四国辺りを回って見ませんかと皆さんが云うて呉れたんですけど、そういう事せずに福岡に帰って参りました。そしたら福岡で、今日は一日福岡県物でもなさったらどうですかと云うことでした。朝早く着きました。
 私共親子三人で何処かゆっくりさせて頂こうと、それも心に一物あるからなんです。そこで幹三郎に申しましたところが、いや僕は早く帰った方がよいと言う。それで帰らせて頂いた。
 帰らせて頂いたそこから富永先生から電話が掛かってきて、すぐそちらの方へ参りますからと云う電話であった。もう、ああもすうも云わせない様な緊密した状態の中に富永先生が見えた。
 それこそ丁度高芝さんが見え合わせとってから、高芝さんが応接間で診られた途端、いろんな道具を持って見えとったけれども、もう絶対間違いなか、富永先生の顔色が一ペンに変わったと云うのですから、診てからびっくりされたんですよ。と、云う程しの事だった。そういうところから考えて、神様の働きというか、いわゆる祈れ薬れと云うその祈りと薬との間にはそういう時間が必要であることが分かるでしょう。そこで私ども、富永先生が深刻な顔して御飯をお出ししてと云ったけれども、御飯も頂けん位だった。
 富永先生は、そこでです、それならいよいよ医者に任せると、云うたら任せる。もうそれは富永先生に、もう貴方が神様です。神様にお任せすると云うたらもう、お医者様そのものが神様なんだと、これから先は成行きを貴方方医学又は医術をそのまま神様の働きとして頂くから、先生切るなと刻むなと、もうとにかくお医者さん任せですと、ああはいかん、こうはして下さるなと一切申しませんと云うのが富永先生との話で申した事でした。
 その時富永先生が医者として顔色の変わる様にあったけど、私がその時申しましたことは決して手遅れではありません、丁度良い時季ですと申したのはその晩でした。
 と、云う様なところをね、皆さん良く分かって頂かんと、成程教会の坊っちゃまでも病院にかかっとんなさる。成程、かかっとることに間違いはないけれど、そういう厳密な祈れ薬れと云う、祈れ薬れとの間に一年何ヵ月と云う時間が於てあっての事であったこと。しかも、その事を通して、ここでは祈れ薬れを薬れ祈れにするからおかげにならんと仰る。祈れ薬れにすればおかげになる。そのおかげとは、私共が幹三郎の病気を通してこの信者一同が改めて新たな信心を頂いた様に、それだけではない。幹三郎が建築科を志望しとったのが、宗教家として立たせて頂こうと云う、いわゆるそういう決断と云うか、もう自分は亡き命を助けて貰った御礼の意味を、云うならば宗教家で身を立てようと、云うならば若い乍らそういう心を起こしたのもそのおかげである。
 私が今日云うのはね、だから薬れ祈れにするから、おかげにならんと仰る。それならば、祈れ薬れにすればおかげになると云うおかげは、おういうおかげを云うのでしょう。
 病気が良くなって帰って来たと云うおかげではないのです。
 一つの一石を投ずることに依って波紋になっておる。おかげと云うのは何処まであるのか限りが無い程だ。
 これは子供だけではありません。親だけではありません。信者一同だけじゃありません。あの一ヶ月間私が御理解を説かせて頂いている一こと一こと病院ののことやら、幹三郎のことが出て來るでしょうが、それを聞く人をです、色々とおかげを受けておる事実をテープを聞いてからね、あちらこちらからその波紋と云うものはそれは大変なものであった。と、云う程しのおかげなんである。
 薬れ祈れにすればおかげにならんと仰るが、それと反対に祈れ薬れにすれば、その様なおかげが受けられる。おかげとは、だから簡単にですね、ここんところを例えば、薬一服飲むにしても神様にお願いして飲むと、医者にかかるでも先ず病院に行く前にお願いをして病院にかかる。成程それもその通りでありますけれども、それだけでは余りのことであることが最後のところで分かるでしょうが。 薬れ祈れにするからおかげにならんと、おかげにならんと仰るところに分かるでしょうが。例えば、病気が治るとか治らんとかがおかげであるならですね、なら、信心が無かっても神様にお願いしなくても、神様お薬を頂きますと云わんで頂いてもです。
 例えば、病気が治ると云うだけならば、おかげを頂いている事実が有るでしょう。おかげにならんと云うことはこれは嘘仰っていることになるのですよ。薬れ祈れにしても病気が治る、傷が治ると云うだけならね、おかげになるのです。だがここで仰ってるおかげはそういうものじゃないことが分かるでしょうが。
 だから、ここんところを根底として聞いて頂かにゃならん。
 だから、それなら薬れ祈れにするならば、どういうおかげが頂かれるかと、いや薬れ祈れではない、祈れ薬れですね。
 祈れ薬れにすればどういうおかげが頂かれるか. 
 幹三郎のことでです、病院に行って診察を受けて、それこそ医師の全部が九十九%は駄目だとはっきり断言しておるでしょうが。それこそ、これまで放っからかした親の顔が見たいとさえ病院の先生が云われたと云うくらいでしょうが。
 それが例えば、奇跡というか何と云うか云い様の無い程しのおかげになって表れた。それは全快と云うおかげになっておる。
 ここでは全快して帰ってきた。退院して帰ってきたおかげでなくて、その事を通してお互いが分からせて頂いたし、御神慮の深さと云うこと、野口さん、富永さんの上にいろんな神様の働きが有って、この様なおかげになったと云うところに祈れ薬れと云う間に、時間が必要だと云うこと。
 だから、例えば滝本さんがね、これだけひどい病気、佐田さん方に御迷惑をかけておっては何ですから、これだからって信心止める訳ではありませんと、どうぞ教会のお坊っちゃまですら病院に行っとんなさるとじゃから、病院に入れましょうと相談があった時にです、佐田さんがもう五日間待って下さいと、いわゆる時間を稼いでおられる。もう五日間待ってくれと時間をかけなさった。祈れ薬れには時間がある。そして寒修行が終り、あそこにおられる一ヶ月と何程かの間をおかげを頂いてまだ全快とは云えませんけれども、まあお家に帰られた。おかげで毎日毎日お参りして見えられますが、もうそれこそ、たまがる程しのおかげを頂いておられる。これがどうでしょう。教会の坊っちゃんでさえ行きなさったのじゃけん、お宅も病院に入れなさるですかと云うたら、又それこそ、病院に何年か良うなろうともしなかったんですから、又入らなければならなくなる。それで病院に入れとって此方から一生懸命信心するけんて、もうこれは信心の薄い者程病院に行ったらいっぺんに信心がガタッと落ちますよ。これは信心が分かっとってもそうです。
 ここんところは、皆弱いですね。私がそんなら入院せんのと云うて入院させると云うと、毎日参って来よった人がぴしゃっと止めますよ。不思議に。時々病院の結果はお届けに來る位のこと。そういう事じゃおかげにならん。あの中村さん方の恵美子さんがそうでしたよ。あの安田さんの・・・・親先生が病院に行かんで頑張れちゅうなら毎日参ってきた。けども、これは医者にかけたら良かろうと云うたらそれきりぴしゃっと信心の方をおろそかにして仕舞うて。 だから、医師にかけること、薬を飲むことはもうそれ以上にですね、神様のおかげを頂かなければ、この薬と云うものが医者の医学なら医学と云うものがフルにおかげの方に進んで行くと云うおかげを頂くためには、かかったものはかかったごと、薬を飲むなら飲む程、真剣に神様におすがりせにゃいけんと、云うことが分かりますね。
 ですから、お互い信心がまだ薄い者は本当に医者やら薬やらと云う前に一つ本気で、そこに病気になったらそこに時間を置いてこの病院をもって神様は何を分からせて下さろうとしておることを、一つ分からせて頂く時間をね、稼げる方が一番安全です。
 信心の薄い者が薬をああ良いよ、病院をああ、お願いしとこうと・・・必ず信心の信の方が薄くなるのを驚かされます。
 そして退院してかえって來ると、ま、御神酒の一本もお供え持ってきて、おかげで退院のおかげ頂きましたとたったそれだけです。もうこげな馬鹿な話はなか。こげなそげな話はなかです。何も分かっとらん。只、苦しい思いをした、沢山のお金を使うただけ。
 だから、本当に信心が出来なければ、分からなければ医師やら薬は良いちゃ云われんとさえ言えると私は思うんです。
 どうです皆さん、分かられましたでしょうか。祈れ薬れにすればおかげも早いが、薬れ祈れにするからおかげにならん。
 もう得てして信心させて貰う者が薬を飲んだり医師にかかったりすることは、神様がちゃんと祈れ薬れと云うてあるからと云うて病院の方へ走って行く、そういう意味じゃないのです。ここには薬れ祈れにするからおかげにならんと云うてあるから、分かるでしょうが。そげなところを一つ分かって欲しい。
 薬れ祈れにするからおかげにならんと、だから病気が治るとか治らないとかと云うことでは無い。ということなのです。ここでおかげと云うことは、それを幹三郎の例をもって、幹三郎のいわば一年何ヵ月間の祈れ薬れの連続が続いて、それからいよいよ薬れと云う段階にならせて頂く、その間の時間の素晴らしさ、時間を置いておったと云ううことの素晴らしさ、そこからどうにも手の込んだ医者に掛からせて頂くところの手順の具合いと云うこと、そしてかかって初めて病気が大変な病気であることが分かって、お互いがあの様な信心させて頂いて本人がその事を境に一生の運命がいよいよ素晴らしいことに展開して行くことであろうと思われる方へ姿勢が向いた。
 この事に依って親は一段と信心を高める事が出来た。
 その事実を見た御信者さん方はいよいよ神様が間違いなさる一心の真を捧げて勢信心をさせて貰うことが、この様な素晴らしいことになると云う。皆さんが一人一人確信を頂かれたであろうと云う様なそういうおかげが、ここで仰るおかげなのです。そこを頂かなければならんのですよね。  どうぞ。